鈴木杏樹(すずき・あんじゅ)は日本の女優です。ここでは鈴木杏樹の代表作、司会行としての存在感、またプライベートについてご紹介します。
(画像引用:amazon.jp)
鈴木杏樹の代表作、結婚歴、現在を調べる
鈴木杏樹のプロフィールやデビューまでの経緯
<プロフィール>
芸名:鈴木杏樹(すずき・あんじゅ)
本名:山形香公子(やまがた・かくこ)
生年月日:1969年9月23日
出身:兵庫県
ジャンル:ドラマ、テレビ、司会業
鈴木杏樹は大阪府箕面市で生まれ、神戸市で育ちました。豪邸で育ったとのことですが、裕福であることを裏付けるかのように、神戸のマリストブラザーズインターナショナルスクールに通っていました。
そして17歳のとき歌手志望だった鈴木杏樹は、通っていた音楽学校でレコード会社からスカウトされ上京。日本人歌手を海外でデビューさせるという企画から、イギリス・ロンドンで2年間を過ごしたのち、KAKKOという名前で歌手デビューしました。
鈴木杏樹の代表作
歌手としてはヒットに恵まれなかった鈴木杏樹は、女優としての露出が増えていきますした。
そんな鈴木杏樹ですが、90年代に大流行したトレンディドラマにも出演していました。もっともヒットしたドラマとしては『あすなろ白書』ではないでしょうか。
ドラマ『あすなろ白書』
1993年 フジテレビ系列
漫画家の柴門ふみの作品のドラマ化。
共演者は、石田ひかり、筒井道隆、木村拓哉、西島秀俊
鈴木杏樹は、石田ひかり演じる主人公の女子大生、なるみの友人役。外交官志望で一見明るくサバサバしていながら、実は人知れず恋に悩んでいる役を好演しました。
そうして数々のドラマに出演した鈴木杏樹ですが、2013年から2016年までは、テレビドラマでは、『相棒』で杉下右京が足繁く通う「花の里」の二代め女将として、高樹沙耶から引き継がれたかたちで出演していたのが記憶に新しいところです。
鈴木杏樹の司会業
鈴木杏樹といえば、司会者としても人気です。1992年には『OH !エルくらぶ』(テレビ朝日系列)『ZIP !』では金曜日の朝の顔として、爽やかな笑顔が好評でした。
その後は活動の場を歌手から女優へと移し、映画・ドラマを中心に活躍。司会業で活躍します。控えめでありながら華もあり、安定した人気を博しました。
鈴木杏樹の結婚
鈴木杏樹は、1998年6月、一般男性と結婚しました。相手の名前は、山形基夫さんという駿河台日本大学病院の外科部長だった人です。
鈴木杏樹が腸閉塞になった際の執刀医で、手術がきっかけで結婚しています。出会って4ヶ月での結婚だったため、当時は話題になりました。
しかしその後の2008年、山形さんが病気でアメリカのボストンにある病院に入院されました。鈴木杏樹もレギュラーを持ちながら、闘病を支えてきましたが2013年2月に亡くなりました。
鈴木杏樹のその後(恋愛について)
悲しい別れを経験した鈴木杏樹でしたが、その後も笑顔をたやすことなくテレビや舞台への出演を続けてきました。
その後、恋愛や再婚の噂は聞かれませんでしたが、2020年2月5日『文春オンライン』によって、俳優の喜多村緑郎(きたむら・ろくろう)との密会が報道されました。
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問題になったのは、喜多村緑郎は既婚者だったためで、妻は元宝塚歌劇団のトップスター、貴城けい(たかしろ・けい)。
この報道を受けた鈴木杏樹によれば、喜多村緑郎から妻との離婚を考えていると聞かされ、それを信じて交際に及んだと説明しています。しかしそれは妻の貴城けい側からすれば寝耳に水であり、二人に対して怒りをあらわにしたと言われています。
この不倫交際の責任を取るかたちで、鈴木杏樹はしばらくの間、活動を自粛していましたが、2021年にはイベントや舞台への出演を再開させました。
一方の喜多村緑郎は、2021年11月に松竹エンタテイメントを退社していたことが2020年2月に発表されました。妻の貴城けいとは会ってはいないものの、復縁に向けての話し合いが続けられているようです。