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女優・小川知子のヒット作と恋愛と結婚と離婚について

小川知子(おがわ・ともこ)は日本の歌手であり女優です。ここでは小川知子のキャリアと、かつての恋愛、そして結婚について書いていきます。

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(画像引用:amazon.jp



女優・小川知子のヒット作と恋愛遍歴について

 

 

 

小川知子のプロフィール

<プロフィール>
本名:小川知子(おがわ・ともこ)
生年月日:1949年1月26日
出身:東京都北区
ジャンル:ドラマ、映画
デビュー:小学校5年生で東宝児童劇団に入り、ドラマデビュー


小川知子は広島で生まれて、3歳のとき東京北区に転居しました。小学校5年生で東宝児童劇団に入り、日本テレビのドラマ『ママちょっと来て』でデビュー。その後は子役として活躍を続けます。

学校は千葉県にある精華学園女子中学校に入学し、1967年に同高校を卒業しました。


歌手としての代表作


小川知子は、歌手としては1968年『ゆうべの秘密』でデビュー。曲は大ヒットし歌手としてNHK苦白歌合戦に出場します。


『ゆうべの秘密』

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(画像引用:amazon.jp


その後も歌手としてヒットを飛ばし、NHK紅白歌合戦にはその後、2回出場しています。(全3回出場)

 

ドラマでの活躍


小川知子は子役を経て、数々のドラマに出演してきました。なかでも印象が強いのは1983年から放送された『金曜日の妻たちへ』シリーズへの出演ではないでしょうか。

『金曜日の妻たちへ』(TBS系列)は、幸せに暮らす夫婦のすれ違いと心の揺らぎを描いた群像劇ドラマでした。要約すると、郊外のおしゃれな家に暮らすアラフォー男女の不倫物語といった感じですかね。

ときはバブル真っ盛り。何不自由なく幸福そうな女性の内面の満たされやときめきに共感する視聴者も多かったのでしょう。ドラマは大ヒットとなり、社会現象を巻き起こしました。

こちらのドラマは3シリーズ作られ、小川知子はうち2作品に出演しています。

 

ドラマ『金曜日の妻たちへ』1982年  
古谷一行、小川知子、佳那晃子、泉谷しげる、石田えり、佐藤友美、竜雷太、いしだあゆみ

 

 
 
 
 
 
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ドラマ『金曜日の妻たちへⅢ恋に落ちて』1985年
キャスト:古谷一行、いしだあゆみ、小川知子、奥田瑛二、森山良子、坂東英二、篠ひろこ

 

 
 
 
 
 
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歌手としての代表作


小川知子は、歌手としては1968年『ゆうべの秘密』でデビュー、大ヒット。歌手としてNHK紅白歌合戦に出場しました。

 


その後、たくさんの曲を発表してきました。どちらかといえば大人な雰囲気の曲が多い印象です。特に特徴的な曲は1984年に発表されたこちらのデュエット曲『忘れていいのー愛の幕切れー』で、こちらの曲も大ヒット。大人の男女の別れを歌った曲でした。

発売時のプロモが当時としては官能的で、話題になった一曲でした。


『忘れていいのー愛の幕切れー』(作詞作曲:谷村新司)
小川知子、谷村新司

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(画像引用:amazon.jp



小川知子の実らなかった恋

 

小川知子の恋愛といえば、まだ19歳だったときに恋人が亡くなるという悲しい経験をしています。亡くなった彼はレーシングドライバー福沢幸雄という男性で、福沢諭吉の曾孫にあたる人でした。

 

 
 
 
 
 
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福沢幸雄と小川知子が知り合ったのは、伝説のレストランとして知られる『キャンティ』。小川知子はいしだあゆみとキャンティを訪れ、店を訪れた福沢幸雄を店から紹介されたそうです。

福沢幸雄はモデルとしても活動しており、大変恵まれたルックスの持ち主でした。今見てもこの雰囲気で20代というのは到底信じられません。

小川知子と福沢幸雄の関係は当時としては珍しくオープンな関係で、交際は2年ほど続いていました。しかし、福沢幸雄は1969年2月10日、静岡県のヤマハテストコースにて走行中の事故で25歳の若さで亡くなってしまったのでした。

訃報は小川知子に知らされましたがすぐには実感できず、その3日後に出演した生放送番組のなかで歌唱中に涙が止まらなくなってしまいました。

なんて切ないのでしょう。その後、永遠の別れから立ち直り、彼について何かを残そうとしたのでしょう。小川知子が自ら出演と監督を務め、ドキュメンタリー『マカオ・グランプリ』を撮影しています。

 

小川知子の結婚暦


小川知子は1977年に一度めの結婚を28歳のときにしています。お相手は俳優林与一。林与一は大阪の歌舞伎役者の名門の役者。当時大人気のイケメン俳優でした。お似合いの二人でしたが、幸せな時間は長くは続かず、1983年に離婚しています。

 

 
 
 
 
 
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その後、1988年に、美術評論家の伊藤順二氏と結婚。その後は離婚することはなく現在に至っています。